2011年7月20日水曜日

第一章V「完全性と霊」をUP

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この節も、コース特有の言葉の定義を知らないと矛盾だらけに見えて混乱するであろう。

・ ・ ・
ポイント解説に入る。

「肉体は、肉体自体が不要な境地へと導く補助教材として使用できる。同様に奇跡を補助教材にすれば、奇跡自体が不要な境地へ至るのである。」

『補助教材』という概念が出てくる。コースにおいては、我々が体験している人生は、裁きの感情を正当化させて負の感情を味合わせることを隠された目的にしたエゴの幻想なのだが、聖霊はこの目的を反転させ、世界をゆるしてゆくことで心を神の現実へ還すことに人生の目的を変えるのである。すなわち負の目的を内包した幻想世界を仮想現実として体験させることが肉体に隠された本当の目的だが、この目的をひっくり返して、仮想現実から離れて現実を思い出すための学習教材として、肉体が疑似体験している人生(時間)をゆるしのレッスンに使ってゆく、ということである。

コースのワークブックの初めだけ齧って、「ACIMに人生の目的はない。幻想だ。虚無だ」と生悟りする初心者が多いが、テキストをすっ飛ばした弊害といえよう。

「あがないが完成したとき、あなた方は神の子としてすべての才能を共有することになる。神にひいきはないからである。」


ここも、コースにおいては「神はこの世界も人間も創造していない。肉体も物理的世界も現実ではなく、意識下にある罪悪感が意識に投影した幻想に過ぎない」という常識はずれな世界観がベースになっていることを理解していないと「この文章は現実と矛盾している」と戸惑ってしまうだろう。だが、一見、突飛に見えるこの世界観も、

「神が完全な愛ならば、こんな地獄のような体験が起こりうる世界を作るだろうか?」

というごく当たり前の疑問を屁理屈のような神学で糊塗せずに突き詰めた結果である。通常は「だから神はいない」という無神論に行くのだが、「だからこの世界は神のいない幻想に過ぎず、神の現実は永遠に不変である」と帰結させて、「ではどうすれば現実は回復するのか?何が幻想を生んでいるのか?」という解を追求しているのである。

よって、すべての才能が共有されるような体験は我々がこの妄想を治癒して、現実を回復した際に体験できることである。


「神の創造は全て完璧である。」
「すべての真実は永遠であり、変わることも変えられることもない。」


現実の特性として「不変」という条件が指定されている。この世界に不変なものはない。我々の意識も、肉体も常にうつろいゆくものである。よってコースにおいては、現実である条件を満たしていない。したがって、完璧な神の創造とは、我々の世界、肉体、意識の事を指さない。


「霊はそれゆえ不変である。霊はすでに完璧だからだ。だが心は仕えるべき対象を選ぶことができる。」


しかして不変にして永遠なのは神と、神の創造物すなわち霊(Spirit)である。つまり常識的な意味合いでいう霊はコースにおいてはうつろいゆく心と同義であり、神の創造物ではない。だが我々の心はこの永遠不変の神の子である霊に仕えることで、現実を回復することができる、ということである。
この霊に仕える、ということは何か。この先に出てくるのだが一足先に行ってしまうと、人を裁くエゴの思考システムから離れ、聖霊の思考システムを選んで「ゆるす」、ということであり、その証明として心は奇跡を体験するのである。

「浅い根は必ず根こそぎとなるであろう。あなたを支えるほど深くないからだ。」


この浅い根というのは、この肉体が現実という前提で出来上がっている全ての倒錯した価値観である。対して不変の愛や、不変の慈しみというべきものは、こうしたうつろいゆく価値観を超越したところに根を張っているものである。我々の宗教や道徳、芸術はこうした不変の輝きを垣間見ることを助けるが、不変の輝きを不変のものとする何かが欠けているのは、うつろいゆく幻想を現実としてできた価値観をしりぞけていないから、という立場をコースは取っている。

「嘘でできた心の支えを捨て去っていく過程では、心の平衡を一時的に失い、情緒不安定を経験するかもしれない。だが、倒錯した適応指導を受け続けて、心が安定することは決してない。物事を倒錯して見せる妄念が心の安定を増進してくれる、などということもまた、決してありえないのだ。」


この節の終りは、心理学的な色彩が出ている。「コースはキリスト教すぎて、神学的な用語でお腹いっぱいになる」という意見を聴くが、正確には「コースはキリストの精神分析学である」。コースを読んでいると心理学的な洞察が何度も出てくるが、心理学の用語を知らないとそのニュアンスを読み飛ばしてしまう。例えば、この文の原文にあるdistortion、equibilium、stability、upside-down、orientation、supportといった単語は心理学用語であり、ここからは、コースがやろうとしているのは、エゴを神の子であることを忘れた意識が疾患した精神病として捉えて、精神治療をしようとしているんだな、それを奇跡と読んでいるのだな、ということが読み取れるのである。

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